
| 2006年2月11日、マレーシア・クアラルンプール・PJのルター・ハウス・チャペルで行なわれた第2回アジア日本人男声合唱祭は、超満員のお客様の熱烈な声援を受け、アジアの6つの都市の6つの合唱団が、それぞれの持ち味を生かした演奏を行い、最終ステージは、90人の大合同演奏を行ないました。歌ったメンバーの感想、聴いたお客様の声をこのホームページで紹介し、演奏会にお越しになれなかった皆様もあの感動の一部とお伝えできればと願っております。 |
コンサート・プログラム | オフィシャル・レポート 川村輝夫氏 |
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男声合唱団マーマーヨ 指揮:福本良一 堀口大学 作詩 清水 脩 作曲 『月光とピエロ』 月夜とピエロ 秋のピエロ ピエロ ピエロの嘆き 月光とピエロとピエレットの唐草模様 アンコール:アヴェ・マリア ![]() マニラ・グリークラブ 指揮:管野友人 いざ立て戦人よ フィンランディア 若者たち 大きな古時計 ダヒルサヨ アンコール:遥かな友に ![]() 上海グリークラブ 上海グリークラブ・ソング 茉莉花 聴海 『柳河風物詩』より 柳河 そうらん節 アンコール:希望の島 ![]() 香港日本人倶楽部合唱団 男声合唱 指揮:清水光洋 香港発『世界一周』 So much in Love Mischelle 黒田節 さいたろうぶし 獅子山下 アンコール:慕情 ![]() ジャカルタ・メールクワイヤー 指揮:川西一男 ピアノ伴奏:ベドゥ裕子 南安雄作曲 男声合唱組曲『子供の詩』 きまっているのに おかねもちの おきゃくさん おかあちゃんのえんそく うるせ せんせい せんせい 五じゅうまる じ 白いもの アンコール:Green Fields ![]() KLグリークラブ 指揮:亀井清一郎 ピアノ伴奏:山田朗子 『小池義郎編曲集』より 無伴奏 (高橋真梨子) For You (高橋真梨子) 君といつまでも ドラえもんのうた 桃色吐息 (高橋真梨子) ジョニーへの伝言 (高橋真梨子) アンコール:五番街のマリーへ ![]() 指揮:亀井清一郎 『黒人霊歌』より Steal Away Deep River Swing Low Sweet Chariot Soon Ah Will Be Done アンコール: U Boj Till we meet again ![]()
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(合同練習) 「第2回アジア日本人男声合唱祭」は、2006年2月10日(金)午後4時、マレイシア・クアラルンプールの日本人会館3階第2ホールでの合同曲練習から、始まりました。 いつもの様に、亀井清一郎(KLGLEE指揮者)さんの厳しくも、ユーモラスな指示が飛び、段々と曲が仕上がっていきます。今回も合同曲の練習のために、参加する各合唱団を巡回したとのこと。 (前夜祭) 午後6時前に合同練習が終わり、1階の第1ホールへ移動して前夜祭の始まりです。乾杯から始まり、早速のどをうるおすビール、ジュース、水割り、が 配られ、バイキング形式で和風料理を戴きながら、あちこちで1年ぶりの旧交を温める姿が、見られます。今年の合唱祭主催担当のKLGLEEの司会者がユニークで、なんとマレイシアの民族衣装で女装したアッキー嬢?が、注目の的。本職は公認会計士という彼は、声も女性の様に高く、そのしぐさも女性そのもので、みんな爆笑の連続で乗りに乗って大はしゃぎ。また、アジア各地から参加した人たちが紹介され、賑やかな前夜祭は練習時間より長く、遅くまで続きました。 (2006/2/11(日)合唱祭本番当日) バンコック、マニラ、上海、香港、ジャカルタ、からの出演者達は、午前9時に、全員宿泊のヒルトンホテルをバス2台に分乗して出発、演奏会会場のルター・ハウス・チャペルに向かい、約15分で同チャペルに到着し、ステージ練習を開始。声慣らしに余念がありませんが、みんなどことなく余裕らしきものが感じられました。早くから会場でいろんな準備をして下さったKL・GLEEとその奥様達の姿が、頼もしく、本番前の緊張感が会場に漂っています。 午後2時30分に開場、三々五々お客様が入場。客席8割の状態で開演。午後3時、司会の阪本洋子さん(KLGLEE阪本恭彦さん夫人)、日本語と英語のバイリンガルでのアナウンスが開演を告げます。 今年の第1ステージは、「月光とピエロ」(堀口大学作詞・清水 脩作曲)という男声合唱の定番を、バンコクの男声合唱団マーマーヨ(3,8,4、5、の20名)が、福本良一さんの指揮で歌いました。トップバッターというので、少々力みすぎのところが気にはなりますが、なかなかの好演。アンコールは「アヴェ・マリア」(アルカデルト曲) 2番目に登場したのは、17名(3、4、5、4)という前回より7名も増えたマニラ・グリークラブ。「世界の愛唱歌より」と題してのステージで指揮は管野友人さん。「いざ起て戦人よ」「フィンランディア」「若者たち」と日本語、声が良くフレッシュです。英語の「大きな古時計」はどうも発音が・・・気になりますし、少しテンポが速すぎたようで、メロディーを楽しむ余裕がなかったようです。お得意の「ダヒルサヨ」は、昨年よりずっと良かった。アンコールは、メンバーが演奏するヴァイオリン、フルート、ピアノの伴奏で「遥かな友に」。これは、伴奏が素晴らしく上手だったのですが、もう一つハモリませんでした。各メンバーの音程が揃っていないので、この点が課題だと思われます。 さて、次は今年初参加の上海グリークラブ(2,1、1、2の6名)は、「日中友好を歌声にのせて」と題して、先ず、初公開の「上海グリークラブ・ソング」から始まり、中国古謡「茉莉花」、ヒット曲の「聴海」そして「柳河」、「そうらん節」。ここも声が良い。特に1stテナーが音程もしっかりしていて安定感がある。ただ、合唱という点では、もっと聞き合ってバランスを取る事が望まれる。アンコールは「希望の島」。 ここで休憩。この辺りでお客さんの数が増えてきて、急遽補助椅子の追加の必要があり、チャペルは満席。 第4ステージは、香港日本人倶楽部合唱団 男声合唱団。(2、1、2、3、の8名)「香港発 世界一周」とのタイトルで、おなじみ指揮者の清水光洋さんのソロをフィーチュアして「ソー・マッチ・イン・ラブ」「ミッシェル」そして、「黒田節」「斎太郎節」、最後に香港でとても有名な曲「獅子山下」。アンコールは、これも香港を舞台にした映画「慕情」の主題歌。この合唱団は、清水さんの個性が投影されたユニークなコーラスを聞かせてくれました。 第5ステージは、ジャカルタ・メールクワイヤー(3、2、3、1の9名)指揮者は、川西一男さん、ピアノがベドウ裕子さん。男声合唱曲集「子供の詩」を演奏。小学生の詩に、南 安雄が作曲したもので、会場から笑い声が起こる楽しい作品。もっと歌詞がクリアに聞えれば言う事なしだったのですが、選曲の勝利?アンコールは、あのブラザース・フォアの「グリーン・フィールズ」 第6ステージは、主催の地元KL(クアラルンプール)グリークラブ(7、8、6、9の30名)指揮は、亀井清一郎さん。ピアノは、山田朗子さん。 「小池義郎編曲シリーズ」より、と題して、「無伴奏」「for you・・・」「君といつまでも」「ドラえもんのうた」「桃色吐息」「ジョニーへの伝言」。高橋真梨子のレパートリーから4曲。そして、加山雄三のヒット曲、人気アニメの「ドラえもん」の主題歌というちょっと変わった選曲でしたが、男声合唱を知り抜いた小池義郎氏の編曲で、他とは違った面で、男声合唱の楽しさを聞かせてくれ、内山直明さんの「ドラえもん」のソロには、大拍手で、客席もなごんでいました。アンコールは、「五番街のマリー」で、このソロは、山本亜里紗さん。 30人という人数は、やはりハーモニーがそれだけ分厚くなって安定したものになっていますが、その分パートごとに揃える難しさが、加わってきます。 最後のステージは、いよいよお待ちかねの合同演奏。亀井清一郎さんの指揮で、曲目は「Steal Away」「Deep River」「Swing Low,Sweet Chariot」「Soon,Ah Will Be Done」90名という大合唱はどの合唱団も日頃は、経験がないものなので、お客さんは元より、唄う方も大いに楽しんでいました。大拍手に応えてのアンコールが「U Boj!」、これまた大いに受けて、最後はお客さんと一緒に「Till We Meet Again」で終演となりました。 (打ち上げ) 今回も感じたのは、出演者の暖かい連帯感です。これは、日本の合唱祭にはないもので、お互いに心から応援する気持が出演者全員に溢れ、聴衆にも溢れているということなのです。ですから、この本番の演奏会より、ホテルに帰っての「打ち上げパーティー」がまさに本番という感じなのです。地元の太鼓集団のどデカイ音に始まり、KLGLEEのご婦人方が「亜麻色の長い髪」を付けて歌い、マレイシアの民族衣装をまとって、アンクロン(民族楽器)を演奏、昨年も好評だったカエルの仮面や衣裳をつけて踊り歌う『筑波山麓男声合唱団』、本格的な衣装をつけた「南京玉すだれ」はマーマーヨ、ガムラン楽団、マニラのズニエガさんのヴァイオリン、香港の「宇宙戦艦ヤマト」と、どの団も精一杯楽しみ、歌いました。今年も亀井さんの講評に私(川村)が引っ張り出され、批評漫才をやらされましたが・・・。どこの団にも芸達者なタレントがいて、各テーブルでの歓談も尽きる事のない笑顔があふれていました。いつ終わるとも知れない長い長い「打ち上げパーティー」も、「ウ・ボイ!」の大合唱で、お披露喜。 来年は、同じ2月11日マニラになるとか聞きましたが、果たしてどうなりますか。 |
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合唱祭の感想−歌い手たちの感想 |
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合唱祭の感想−団員の家族たちの感想 |
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合唱祭の聞き手からのメッセージ |
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メディアに載った合唱祭の記事 |
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第2回アジア日本人男声合唱祭祝典歌 |
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バンコク男声合唱団(マーマーヨ)元団員の、藤本典裕さんより、 再びアジア日本人男声合唱祭が開催される運びとなりましたね。しかも今回は大中国からの参加もあるとのこと、前回以上の盛り上がりが期待され、わくわくしています。今回も、祭典の為の祝典曲を完成させました。参加を予定されている皆さんのムードを高めることに繋がれば嬉しい限りです。 下をクリックしてください。音楽が流れます。 |
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第2回アジア日本人男声合唱祭の合同演奏を指揮して 亀井清一郎 |
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2月11日にクアラルンプールで開催された合唱祭は、出演者、聴衆、サポーターなどこの演奏に関わったほとんどすべての人々に感動と喜びを与えて無事終了しました。個々のグループの演奏内容やその評価については、皆さん述べておられ、そのどれもが納得のいくものですので、敢えて重複を避けたいと思います。ただ、一まとめに申させていただくならば、昨年の演奏と比べて質的な向上がはっきりと感じられたということです。質的な向上というのは、「だいぶ合唱らしくなってきた」ということでしょう。もちろんその内容はそれぞれのグループによって異なっています。産声を上げたばかりのグループから数十年という歴史を誇るグループまであって、メンバー数にも差があるわけですから、同じ尺度で判断することは出来ません。しかし、これらのグループが共通して抱えている問題点はほとんど同じと言えます。それは、メンバーの入れ替りの激しさです。メンバーの大部分は企業の赴任者であり、その地域に滞在する期間が限られており、その期間も徐々に短くなってきているという現状です。そのわずかな期間中しか参加できない人達でグループを維持し、技術的な向上を目指すというのはなかなか難しいことです。そのうえ、合唱は単に楽譜に書いてある音と詞を奏れば良いというものではありません。特に、プロではないわれわれの合唱で最も大切なことはメンバー間の精神的な調和であり、それがそれぞれのグループの個性に繋がり、その密度が濃いほど聴く人の気持ちを打つのです。今回参加された6グループの演奏は、それぞれの持ち味がよく現れていました。各グループがその特色・能力を生かした選曲なり演奏形式をとっていたために、全体的に実にバランスのとれたプログラミングとなったことが、より聴衆に楽しんでいただける結果に繋がったと思います。 さて、合同演奏についてですが、昨年も感じたことではありますが、この合唱祭の合同演奏は独特のムードがあります。私は今まで歌い手として指揮者として多くの合同演奏に参加した経験をもっています。合同演奏というのは、複数の合唱団が集まって演奏会をする場合に、各グループの演奏をした最後に参加者全員で歌おうという、どちらかといえばプログラム上の形式的な場合が多いのです。もともと、われわれの合唱祭においてもそういう発想から出たものでした。経験のある方も多いと思いますが、普通、この合同演奏というのは、各グループにとって「お荷物」的存在であることが多いのです。自分達の演奏の準備で精一杯のところへそれ以外の曲を練習しなければならず、そのためにどうしても準備不足となり、指揮者には嫌味を言われ、練習回数も限られるために、最終的には演奏もまあまあの出来で、結局「合同演奏なんてこんなもんや」ということになるのです。ところがこの合唱祭の合同演奏に限っては、今まで持っていた概念を取り払わざるを得ないものとなっています。それは、MCのアナウンスが「それでは、本日最後のステージ、お待ちかねの合同演奏です」と言ったように、正に歌うわれわれにとっても「お待ちかねの合同演奏」となっているのです。歌われる皆さん自身が楽しみと期待をもって待っていた瞬間なのです。この気持ちだけでも、これから演奏しようとする合同演奏がすでに半分以上うまくいったと言えるかも知れません。一つの目的に向かって全員の気持ちが一つとなった、正に「合唱とはメンバーの精神的な調和」という言葉が現実のものとなっているのです。このような気持ちで歌える合同演奏はなかなか経験できるものではありません。この合同演奏がどうしてこのように盛り上がったものになったのか考えてみるといくつか思い当たることがあります。一番大きな理由は、普段の各グループの合唱活動が少人数でやらざるを得ないという現状からくるものでしょう。合唱経験のある方にとってはおそらく過去に大人数の合唱の経験をもっておられて、それへの想いというものがあるでしょうし、未経験の方々にとっては普段では味わえない大人数によって醸しだされる重厚なハーモニーに浸れ、表現の豊かさを味わえるなど、いわゆる合唱の醍醐味を感じられる絶好の機会であるわけです。もう一つの理由として、期待以上の良い演奏ができ、普段の演奏では叶えられない満足感を得られるからだと思います。それはこの6グループには素晴らしい演奏能力を持った人たちがいるためです。普通、一般的な合唱団を考えてみても、これほどの比率で演奏能力を持った人のいるグループは少ないと思います。各グループには必ず「核」となっている人が複数名おられます。普段ではそれぞれのアンサンブルを保つために持てる能力をセイブしている人たちも、大人数の中では遺憾なく発揮でき、その周りの人たちもつられるようにして日頃出したことの無いような声が出るといったこともあるのでしょう。それがまた、その人たちの充足感につながっているのですが、それぞれの合唱団の中で歌っている歌い方と、合同演奏での歌い方とはまた違ったものとなって、それがより良い結果に結びついているのだと思われます。 私は過去2回合同演奏の指揮をさせていただいて、その都度、それぞれの地域へ行って皆さんと合唱を通じて心のふれあいをさせていただきました。おかしな話ですが、仕事で出張して現場に指示を与えたり会議で議論をするというのとぜんぜん違うのですね。音楽を感じ合うということはすなわち心を通わせ合うことなのだとつくづく感じます。日本を離れてこのような特殊といえる状態の中での合唱活動はいろいろと問題があると言いましたが、ひょっとしてそのような環境にあるがゆえに、こんな素晴らしい気持ちを味わえるのかもしれません。たとえしんどくても、この合唱祭が継続できて、今回のような感動を何度も味わいたいという厚かましくも贅沢な気持ちを抑えることができません。 |
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第2回アジア日本人男声合唱祭の実行委員長を務めさせていただいて 諸江 修 |
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マレーシア・クアラルンプールにおける第2回アジア日本人男声合唱祭が、大きな問題もなく無事終わり、歌い手として参加したメンバーの皆さん、サポーターとして合唱祭を支えてくれたメンバーのご家族、演奏会に聴きに来てくださったお客様から「よかった」「感動した」というコメントをいただき、また昨日(3月2日)やっとホームページで報告の記事の第1弾を掲載し、23年ぶりに合唱の大イベントのまとめ役をさせていただいた緊張感から、やっと解放された安堵感を味わっています。 「23年ぶり」と書かせていただきましたが、23年前のイベントとは、現在44歳の私が、まだ21歳の大学4年生の時、同志社グリークラブの幹事長(学生団長)として、60名のメンバーと4人の先生方の大所帯をまとめての19日間、11回のコンサートを行った演奏旅行のことです。当時、総予算2800万円という想像すらできない金額(親が送ってくれていた仕送りは1ヶ月7万円でしたので、それは33年分の仕送りと同じ金額で、私の住んでいた京都の下宿の家賃が1ヶ月1万2千円でしたので、195年分の家賃に相当するものでした。)を扱う大イベントの責任者として、21歳の私が経験したことは、かなり壮絶なもので、優しく真面目なクリスチャン学生だった私の性格が、よく言えば「強く」、悪く言えば「強情、強引、頑固」な性格に変ってしまいました。 98年にKLグリークラブを始めてから、KLグリークラブの団長または副団長としてマネージをやってきていますが、そこでは同志社グリークラブの幹事長の時の経験をそっくりそのまま使わせてもらっています。また96年以来、すでに10年ほど自営業を営んでおりますが、自分の会社の経営にも21歳の時の同志社グリークラブの幹事長の時の経験が生かされていると感じることがよくあります。 合唱団に関することを語る時、どうしても音楽中心の話題になり、指揮者やソロの人たちがクローズアップされますし、練習のことが多く語られます。特に今回の合唱祭に関しては、KLグリークラブのメンバーの多くが、暗譜のことを話題にしています。しかし演奏会、特にアジア日本人男声合唱祭のような国際イベントが実施され、それを成功させるには、マネージを行う人々の努力が絶対不可欠であることはあまり語られません。もちろんマネージを担当する私たちも歌い手であり、私自身KLグリークラブにおいては、歌い手としても重要な役割を果たしていると自負していますので、音楽のことを皆に大いに語っていただくことには全く異存はありません。実際私自身、同志社グリークラブで4年間歌ったことを誇りとし、昔話を大学合唱団の出身でない方にも押し付けがましく話す傾向のある厚かましい人間の1人です。しかしこの感想文の中では、私の人生にとって2度目の合唱の大イベントのまとめ役をさせていただいたということから、裏方のマネージの1つ1つを書き、感謝すべき皆さんの名前を挙げ、感謝の言葉を書くべきとは思いますが、それは省略させていただき、今回マネージで一番苦労した集客のことを書かせていただきたいと思います。 第2回アジア日本人男声合唱祭のマネージ面で、絶対に果たすべき目標として私が掲げたことは、「演奏会の会場をお客様で満員すること」でした。 その話を書く前に、演奏会の会場の問題について少し説明したいと思います。当初、合唱祭の計画を立てた時には、私たちKL在住の日本人クリスチャンが礼拝のためにお借りしているPJゴスペルホールという教会の新会堂を使わせてもらう予定でした。その新会堂は1年以上前に完成し、いつでも使用できる状態になっていますが、地域の宗教委員会(イスラム教徒が中心)から使用許可が出ず、合唱祭で使用することができません。そこで新たな候補として、ルター・ハウス・チャペルを使わせてもらおうという話になり、日本人の牧師を通して使用伺いを立てました。しかしあっさりと断わられてしまいました。そこで私が登場して、難問解決、というと偉そうに聞こえますが、実はその教会の牧師も牧師夫人も、私の先輩(私は今から20年前にキリスト教の宣教師になる夢をいただいて、シンガポールに神学校に3年間留学しました。)で、その教会の属するルター派教団の長である主教は留学時代の親友で、一緒に日本に伝道旅行に行った仲なので、そのコネを使って、会場を貸してもらうことに成功したのです。私はシンガポールとマレーシアに暮らして19年になりますので、地の人たちとも深い関係があります。そういう地縁をフル活用させてもらいました。 ルター・ハウス・チャペルは通常の状態で350人が座ることができます。KLグリークラブのメンバーが15人ずつお客様を連れてくれば満員になります。過去8年の経験からいうと、KLの日本人コミュニティは意外と小さく、かつグリーの演奏会に来てくれそうな人はせいぜい100人。KLグリークラブのメンバーの大半が日本人以外の友人をたくさん持っているとは考えにくいので、おそらく私以外のメンバーが呼んで来られるマレーシアの人のお客様は50人と見積もりました。あと200人を呼ぶ方法を考えなければなりません。まずルター・ハウス・チャペルの教会員への呼びかけを牧師に依頼しました。教会員は500人ほどいます。しかしただ牧師にお願いするだけでは心配なので、私自身が日曜日の礼拝に出席し、「ぜひ来てください。」とお願いをしました。また2002年の新月会の演奏会に来てくれたお客様の名簿にあった150名全員に私の手作りのカードに手書きで演奏会に来てくださいと書いて、演奏会のチラシを同封して送りました。そしてKLの周辺に在住のマレーシア人の友人、仕事のお客さんや出入り業者など合計800人にも手作り、手書きのカードで演奏会の案内を出しました。もちろんKL日本人会の会員全員にはチラシを送りました。またいくつかの合唱団にも案内を出し、代表者に電話をし、会いたいという人には昼飯をおごってお願いしました。私の携帯に登録されている80人にも携帯メールを出し、かつ招待状も送り、電話も2度ずつしてお願いしました。特に教会の牧師や合唱団関係の人で本人以外にもの多くの人も呼んできてくれる可能性のある人には4度電話をしました。KLグリーのメンバーにはメールで何度か、集客を呼びかけましたが、亀井さんが指揮者として「口移しでも歌わせる」とKLグリーの演奏に関して全責任を引き受け練習を担当しているのと同じように、私も団長である限り、ケツを巻くって、私1人でも350人を呼んでくるという気持ちでお客さん集めに奔走しました。まさに選挙の票集めと同じでした。ここでちょっとだけ私1人でも350人を呼べるという自信の裏づけを言わせていただくと、5年ほど前に私の個人のリサイタルを教会でやった時に、私1人だけの呼びかけで300人のお客さんが来てくれたので、今度もどうにかなると見積もったわけです。 今回の演奏会は、出演者のビザの問題で私的な集会という位置づけになり、大々的に新聞などで宣伝ができないので、個人的なつながりでお客さんを呼ぶ以外の方法がなく、大変苦労しました。当日、駐車場が満杯になることを信じて、KLグリーのメンバーに一番奥から移動のスペースを空けずに詰めてもらった時、ルター教団の主教にも車を動かしてもらいました。彼に、「本当にそんなにお客さんが来るのか。」と言われ、ちょっと不安になりました。しかし350名のお客様は必ず来てくれると信じていました。2時45分を過ぎる頃に、全く隙間のなくなった駐車場を見てほっとしました。そして3時の開演の時は客席はほぼ満席、3時半には補助椅子を出してもらうまでになりました。 「演奏会が成功としたと言える」条件は3つあると思います。第1は演奏する側が聴衆に感動を与える演奏をすること、第2は演奏会場が満員になること、第3は聴衆が一生懸命演奏を聞いてくれ、演奏に感動してくれること。第2回アジア日本人男声合唱祭は、その3つの条件をすべて満たしたと思います。第2の条件は物理的な条件ですので、今回の場合、誰も文句のつけようのない状況だったと思いますし、それを実現するための裏方としてやったことは前述の通りです。第1に関しては、聴衆の皆様からのコメント、そして私たち自身が他の団体の演奏を聴衆として聞き、感動したことからも疑いのない事実と思います。第3については、私がステージに立ち、聴衆を見た時、皆が身を乗り出すように聞いてくれている姿を見、大きな拍手を受けた時に実感しました。 成功した国際的なイベントとしての第2回アジア日本人男声合唱祭のマネージのとりまとめを、実行委員長として担当させてもらい、23年ぶりの大仕事を終えたと実感させていただいたことを心から感謝しています。願わくば、今回のマネージを通して、23年前とは逆に、私の性格が「優しく」変わった、と皆様に感じていただきたいと思います。実は、合唱祭が終わって、KLグリーの皆に出した最初のメールは「お礼とお詫び」でした。手伝ってくれたKLグリーのメンバーの家族の皆さんに、準備の段階で、相当きついことを言ってしまったのを反省し、本当に申し訳なく思い、最初に「お詫び」をさせていただき「優しい人」になる宣言をさせていただきました。一度「強引、強情、頑固」になった性格はなかなか「優しく」はならないと思いますが、静かな日常が戻ってきましたので、それも無理ではないかと思います。そしておせっかいかもしれませんが、来年、マニラで第3回アジア日本人男声合唱祭のマネージをとりまとめされる岡林さんの性格が「強情、強引、頑固」にならないで、私のように優しく(?)なられることを祈ってやみません。 最後に、23年ぶりにめぐってきた合唱のマネージャー名利につきるイベントのとりまとめをさせていただいことをもう1度感謝すると共に、これからもずっとアジア日本人男声合唱祭に歌い手としてだけでなく、マネージの面でも関わっていかせていただきたいと願っております。 |
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指揮者 | 参加団体 |
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