マニラの合唱祭と私 KLグリークラブ 阪本恭彦


何事によらず、自分の心が強く動かされる経験をしたり、限られた自分の力を出し切ったりしたときには深い満足感を覚えるものですが、そんな機会は一年でもそんなに多いものではありません。今回のマニラ合唱祭はその様な満足感・達成感に浸ることができた心の盛り上がりがありました。

その主な原因は、珍しく私の旅行に同行せずに年老いた母親に会うために日本に行った洋子にあったと思います。大勢の人に「淋しいでしょう」と言われ、それを否定する理由もありませんでしたが、鶏小屋の喧騒に慣れて安眠できる人を無音の個室に入れたら多分一睡もできないような、もっと物理的に近い環境変化も味わっていました。それに365日私の時間をほぼ一日中支配するパソコンもありませんし、友人の忠告を聞いて安全のためにホテルに缶詰になっていたということも原因の一つでしょう。私のすべてのエネルギーは合唱祭のステージへの心準備と、すでに覚えきっている譜面のおさらいに集中させざるを得ませんでした。

合唱暦の長い経験者と違って、私の実力では、最後の真剣勝負のステージに譜面と指揮者の両方から同時かつ瞬時に情報を読み取って正確なタイミングで発声器官を動かすというような芸当は全く無理なので、私は必ず事前に全曲暗譜をして、ステージでの自分の負担を軽くするという方法をとって楽をしています。こうすることによっておまけの楽しみもあります。それは真剣勝負のときの指揮者には、パフォーマンスのプロとして全身全霊をかけた、普段には見られないような顔や全身の表情が現れるのです。強弱やタイミングだけではなく、メロディーと歌詞が表現したがっている情景や感情をステージの上で復元しようとしているかのように、実に複雑で細やかな訴えが見られるので、ついつい引き込まれて歌ってしまいます。自然に歌に自分の感情移入ができたような気持になれます。今回のマニラのステージではこのような歌うことの喜びが特に強かったように思います。

KLグリーの単独演奏のノーマンルボフは暗譜二度目の演奏であっただけに、愛唱歌を楽しんで歌っているようなゆとりさえありました。最後の合同演奏の時にはいつもの合唱祭のように後ろから柔らかに押してくれるような息の長い風圧を背中に感じていました。風にあわせて楽に体が前に運ばれているような感覚の中で、ピアニッシモをささやいているのは、一年に一回の合唱祭の楽しみです。