報告


第3回アジア日本人男声合唱祭
2007年2月10日(土)
フィリピン・マニラ

最終更新日:2007年3月13日



  

2007年2月10日 マニラでの合唱祭が行われました。
年に1度の音楽の祭典は興奮と感動の内に幕を閉じました。
その熱い思いを各団のメンバーや参加した家族がこのサイトで熱く語ります。

第三回アジア日本人男声合唱祭を終えて 第三回アジア日本人男性合唱祭実行委員長 マニラグリークラブ団長 富井利尚
「第三回アジア日本人男声合唱祭」を去る2月10日マニラで無事開催することができたこと、参加された合唱団メンバーの方々、同伴いただいたご家族の方々、そして、このマニラでサポーターとして合唱祭を支えていただいた多くの方々に対しマニラグリークラブを代表してお礼申し上げます。

ちょうど一年前、クアラルンプールでの第二回合唱祭で、大それた事とも知らず次回開催国として手を上げ、小所帯のメンバーが全員一丸となって開催準備をしてやっと漕ぎ着ける事ができました。そして、無事に開催国としての役割を果たした今、参加された方々から「素晴らしい合唱祭でした」との暖かい労いのコメントを多々いただくことで、この3週間、開催までの苦労を忘れ成功裏に開催できた甘い余韻に浸ることができました。

既に、2回の合唱祭をバンコック、クアラルンプールで開催してきているとはいえ、治安・衛生の面で後ろ向きの報道が多いマイナーなイメージの強いフィリピン・マニラでの開催は、参加各グループにとって些かの危惧が有ったものと思います。昨年末のアセアン国際会議でさえ、準備不足から台風来襲を口実として直前に延期声明を出したほどの国ですから。実際に、開催直前になって治安・安全不安の理由で参加を断念せざるを得なかった方々がいらっしゃいました。マニラの実態が第三国に正当に伝わっていないことに拠るものですが、主催者として本当に残念なことでした。

今回、足掛け3日に亘る合唱祭で、一人も事故に会わず、病気や怪我を訴えることなく、また、夜の街を楽しまれた方々に於いても不測の拘束に遭う事もなく無事に帰国されたことは、主催したものにとって幸いなことでした。今回を機会に、各団の皆さんから「マニラの治安は決して悪くなかった」と口コミで広がり、フィリピンのイメージ向上の一翼を担っていただければと期待しています。

2006年は日本・フィリピン両国にとって「日比友好50周年記念年」にあたっており、年初より多くの文化交流行事が開催されました。今回の合唱祭は、残念ながら記念年には遅れましたが、在フィリピン日本国大使館、マニラ日本人会、フィリピン日本人商工会議所の後援をいただき、また、セント・スコラティカ大学をはじめ、当国の音楽関係者の協力も得たことから、記念年の締め括りともいえる開催とすることができたものと思います。

 今回の合唱祭の成否を考えるときに思い出したのが、昨年の合唱祭の実行委員長であったKLグリーの諸江さんが書かれていた、合唱祭が成功したことの判断基準でした。「合唱祭の成否は、@聴衆に感動を与える演奏ができたか、A聴衆が感動してくれたか、B会場が満席になったか」と。私はこの3点にもう1点、C楽しく参加して楽しく歌えたか、を加えたいと思います。そして、今回の合唱祭は、会場を満席にこそできなかったものの、ほぼ満点のできであったと自負をする次第です。この4点について、それぞれ振り返ってみたいと思います。

 まず、聴衆に感動を与える演奏ができたか、そして、聴衆が感動をしてくれたか!

最終ステージ、90余名が亀井先生の指揮の下山田耕筰シリーズのハーモニーを奏でました。多くの方が感想を寄せられているように、ステージ上の演奏者、そして、客席で聞いておられた方々共に感動を共有できました。亀井先生の事前の巡回指導があったとはいえ、マニラに入ってからの僅かな時間の合同練習、それでも在マニラの方々より「非常に良かった、感動した」との評価をこの2週間の間に何度も伺いました。先生が強調されしつこく指導されていたピアニッシモのハーモニーが聴衆の琴線に触れたものと思います。叉、我田引水となりますが、マニラグリーがチェロ・バイオリンと共に歌い上げた「川の流れのように」、演奏者として非常に嬉しい事に、「聞いていて涙が出ました」との声も伝わってきました。亀井先生の推薦をいただいて選曲した演奏でしたが、コーラスと楽器の音色が見事にハーモナイズし、聴衆の皆さんにご満足いただけたものと思います。この例のように、各団の演奏についてもマニラの聴衆はそれぞれの感動を味わうことができたと思います。

次に、会場を満席にする件ですが、これについては大きな見込み違いをしてしまいました。会場の座席数を上回るチケットを来場の確認をしながら配布したのですが、ここはやはり南国のフィリピン、配布先が日本人主体であったことからフィリピンの常識を過小評価してしまい、結果として20%近いドタキャンを出してしまいました。「郷に入りては郷に従え」、最近の日本人は現地への同化もスピードアップしているようです。合唱祭1週間前に現地の新聞で練習風景が紹介されたこともあり、直前になっての問い合わせ、申し込みが随分とあり、本気で立見席の必要性を検討していたのですが。1階の座席数は概ね300席、空席が約50席程度であったことから、250名近い熱心な方々にお集まりいただいたことになります。この熱心な方々に心からの感動を味わっていただき、ステージの演奏に暖かい大きな声援をいただくことができました。また、業務多忙な中、山崎在フィリピン日本国特命全権大使、後援をいただいた日本人会、日本人商工会議所から会長・会頭はじめ多くの理事の方々が来場され、演奏を楽しまれると共に、マニラでこれだけの合唱祭を開催できたことを近隣各国に対して誇りに感じていただけたものと思います。従って、会場は満席にこそなりませでしたが、国際交流という観点も含めて十分成功に値するものと考えます。

 最後に、皆さんに楽しく参加していただき、楽しく演奏していただけたか、という点ですが、これについては参加された方々に対して胸を張ることができるのではないかと思います。この1年間、会場・宿泊・移動等の手配、そして、2日間に亘る開催運営、準備を重ねてきました。特に、正月を迎えてからの毎日はメンバー間で溢れるほどのメールが飛び交い、本来の仕事そっちのけでの議論・準備となっていました。日頃の練習では見られないメンバーの個人技・人脈・職脈が明らかになり、自然と得意な分野毎に担当割ができ、半分楽しみながら(?)チームワーク良く準備を進める体制が自然発生的に出来上がりました。この自然発生的なチームワークが開催運営のみならず、演奏に於いても大きな力になったと考えています。ただ、チームワークだけではステージ運営はできません。今回の合唱祭の成功は、経験豊富なOBの方々からの助言と幸運にも経験豊富なステージマネージャーを得たことにあります。的確なステージ運営もさることながら、アイディアに富んだ演出をしてもらいました。今回非常に好評であった各団毎へのエスコート嬢(?)、甲子園の入場行進を連想しましたが、これも彼の発案です。この他にも、多くの方々の献身的な支援を得ての開催でしたので、皆さんにご満足いただけたのは当然のことともいえます。

エピソードを一つ追加します。皆さんのお手元に届いた「マニラ夜の街ガイド」、メンバーの一人が前夜祭の受付で一人黙々とワープロを打っていました!お役に立てたかどうかは分かりませんが。

 今回のマニラでの合唱祭開催は、この合唱祭が今後も末永く継続していくための試金石だったと思います。開催ごとに増える参加団体、演奏者数、これからも会を重ねる毎に増加してくることが考えられます。会場の手配、演奏のプログラム割り、参加グループが増えるに従って色々な問題が発生してくることと思います。でも、第1回開催から基本的には手作りの、メンバーのための合唱祭であった思いますし、今後もそうであって欲しいと思っています。

また、今回マニラグリーが開催を担当して得たものは単なる達成感だけではないと思っています。男声合唱の真髄であるハーモニーが、演奏だけではなくグリーの活動そのものになってきたことにあります。海外駐在員が主なメンバーであるグループにとって、メンバーの異動は避けられないことですが、メンバーが変わっても今回得られた一体感だけは継続していける、そんな自信をいただいた機会だったと思います。この一年の経験が、これからのマニラグリーの宝として演奏に深みと幅をもたらしてくれる、そんな夢を抱いてこの3週間余韻に浸っていました。

もうそろそろ、余韻から抜出して実生活に戻らなければなりません。そして次の演奏会への準備も始まります。来年はジャカルタでの開催、今年のマニラ開催で経験した、叉、培ったノウハウでお手伝いをさせていただきたい、そして、楽しい合唱祭に参加させていただきたいと思っています。

 最後になりますが、今回の合唱祭開催に際して大変お世話になった多くの方々に厚くお礼を申し上げます。

Maraming Salamat Po!  See You Again!

第3回アジア日本人男声合唱祭の感想および報告 合同指揮者 亀井清一郎
2月9日午後4時、マニラのデシットホテル2階ラウンジで、出演者ほぼ全員による合同曲の練習が始まった。「ながそながそ〜 」ちょっと遅れ気味やけど、この声は・・・・
まぎれもない男声合唱特有の倍音を伴ったきれいな響き、この感触を味わうのは久しぶりやなあ・・・
第3回なんて回数を重ねるなど思っても見なかった合唱祭は今年も参加された皆さんの情熱とマニラグリーメンバーの周到な計画・実行によって大成功に終わりました。危ない橋を渡っているようで、行き着いたところは揺るぎのない素晴らしい別天地のような、そんな夢見心地にさせられました。合唱っていったい何なんでしょうね? その中でも、特に、男声合唱というのは歌う男たちを虜にしてしまう何かがあると思いませんか? 私が男声合唱に初めて接したのが高校1年ですから、もう、かれこれ50年以上経つのです。それが、いまだに次々と新たな状況の中で味わったことのない感激を味わい続けられるのですから、もう、この世界から抜け切れない麻薬のようなものになってしまっています。

さて、この合唱祭は回を重ねるごとに参加国も増え、今年は主催のマニラを始めとして上海、香港、ジャカルタ、バンコク、シンガポール、クアラルンプールと7都市の参加となりました。都合により上海とシンガポールは単独演奏ができませんでしたが、合同演奏には参加してくれました。来年はジャカルタで開催されることが決まり、両グループとも来年は持ち味を生かした演奏を聴かせてくれることでしょう。今年も各グループそれぞれ特色のある演奏を聴かせてくれました。技術的にはまだまだ課題はありますが、いろいろな障害を情熱で克服して、聴衆や仲間たちの共感を得るには充分なものばかりでした。また、この合唱祭で最も力を入れ、また、参加者が期待しているのは合同演奏です。今回の合同演奏にオンステしたのは96名でした。普段、少人数での合唱を余儀なくされている我々にとって、この機会は男声合唱の魅力を味わえる数少ない機会です。自由な抑揚と力強さ、あるいは美しいピアニッシモのハーモニーが実感できるからです。経験者にとっては懐かしい音色に浸り、未経験者にとっては過去に味わったことのない世界に埋没してしまったことでしょう。合同演奏曲は、第1回目より2回3回と徐々にレベルアップさせたものを選曲してきましたが、今回は山田耕筰の作品という、我々にとってはかなり難しいものに挑戦しました。でも、皆よく歌ってくれました。テンポの変化にもよくついてきてくれましたし、課題のピアニッシモもほぼ出来ました。前日の合同練習に始まり前夜祭、直前の合わせ、本番、打ち上げを通じて、本当に仕事も何もかも忘れて打ち込んだ2日間でした。

前夜祭の話の中で、第1回目より今回まで皆勤の方は?と問いかけたところ、およそ20数名の方々の挙手がありました。約100名のうち四分の三は2回目以降の参加ということになります。1回目の合同演奏でも80名を超えていましたから、かなりの数のメンバーが転勤または帰国されたことになります。これらのことより3回までの合唱祭に参加された経験のある人は延べ200名を超えているのではないかと思われます。そこで私は提案しました。日本でアジア合唱祭のOB合唱団を作ろうということです。個々のグループでのOB合唱団は難しくてもグループが寄り集まれば可能だと思うのです。そして、いつも自分の出身グループを覚え、アジア合唱祭を覚えて、年に一度の合唱祭にはOBグループでステージを持つ。また、それぞれの出身グループにも参加して単独ステージにもオンステをするという案です。当初は東京で立ち上げ、将来は大阪にも出来ればと希望は広がります。

昨年の第2回合唱祭を行った際に、これらのグループの連絡組織として、アジア日本人合唱連盟を立ち上げました。この組織はまだ形ばかりのもので機能を果たしているとはいえませんが、徐々に定着してゆくことでしょう。目的は今後煮詰めて行かなければなりませんが、おおよそ次の事項が中心となると思われます。
1. アジア日本人合唱連盟参加グループの連携を計る
2. アジア日本人男声合唱祭の企画立案および運営
3. 加盟グループの発掘
4. 日本の合唱界へPR活動

このようなものですが、第4項については全日本合唱連盟へ働きかけて協力を仰ぐ必要があります。というのは、現存のメンバーが異口同音に口にするのは、この国に来るまでこんな合唱団があることを知らなかったという言葉です。予期せぬきっかけで知ったとか、地元の機関紙や新聞で知って入会したというのが殆どです。全日本合唱連盟の組織のどこかに海外の拠点を加えていただくとか、機関紙などで何所其処にはこんな合唱団があり、コンタクトするには此処へといった情報が示されておれば、合唱愛好家が海外に赴任した場合に大いに役に立つのではないかと思います。日本も益々グローバル化が進み、海外赴任者はどんどん増え続けることでしょう。彼らにとって仕事以外に何もすることが見つからない生活がどんなに味気ないものかを考えるとき、合唱は素晴らしい楽しみを与えてくれる対象であると思います。LA Men's Glee Club(ロサンゼルス)のメンバーからのメールによると、昨年、SF(サンフランシスコ)とLAで南北カリフォルニア州合同演奏会を行ったようで、2グループの合唱連盟を立ち上げ、来年5月に2回目の合同演奏会を開催することを決めたそうです。また、すでに米国ではニューヨーク、ミシガン、シアトルでは男声合唱を含む組織(連盟)があるとの報告を受けています。ドイツのデュッセルドルフには古くから日本人による合唱団があります。そのほか我々が知らない地で日本人による多くの合唱団が活動を続けているものと思われます。これらの活動を日本の合唱愛好家に知っていただき、赴任者に限らず旅行者でも気軽に訪問してもらえるようなことになればうれしいのです。

第3回アジア日本人男声合唱祭はこのような素晴らしい夢を抱かせてくれるきっかけとなりました。単に夢で終わらせないよう実現に向けて歩めればと期待します。
オフィシャル・レポート by 川村輝夫
(合同練習)
「第3回アジア日本人男声合唱祭」は、2007年2月9日(金)午後4時、マニラ・デュシット・ホテル日航内サンミゲルレストラン・ライブホールで合同合唱の練習から始まりました。 いつもの様に、亀井清一郎(KLGLEE指揮者)さんの厳しくも、ユーモラスな指示が飛び、「男声合唱の真髄はピアニッシモにある!」という言葉を、実現する為に容赦の無い指導が行われました。今回も合同曲の練習のために、「男声合唱の真髄はピアニッシモにある!」という呪文を唱えて、各合唱団をへ巡ったらしい。そして、信仰ではなく親交を深める為に、各地でたらふくビールを飲んだという神話ならぬ、親話が伝わっている。

(前夜祭)
午後6時前に合同練習が終わり、各自一旦部屋に戻り、午後7時から同じ会場で前夜祭の始まりです。乾杯から始まり、早速のどをうるおす地ビールのサンミゲル。バイキング形式で料理を戴きながら、あちこちで1年ぶりの旧交を温める姿が、見られます。今年の合唱祭主催担当のマニラグリーの司会で、和やかに進められました。各団の紹介、挨拶、決意表明、アジア各地から参加した人たちが紹介され、賑やかな前夜祭は続きました。

(2007/2/10(土)合唱祭本番当日)
出演者達は、午前8時30分に、全員ホテルからを2台のに分乗して出発、演奏会会場のフランシスコ・サンチャゴ・ホールに向かい、約15分で到着し、オリエンテイション。なんと行き届いた配慮で、各団ごとにエスコート役の女性が付いて下さるとの事。順番にステージ練習を開始。5階の食堂などでの声出しが聞えてきます。この日までは言うまでもなく、本番の今日も早くから会場でいろんな準備をして下さったマニラ・グリーの皆さんとその奥様達の姿が、頼もしくあの緊張感が会場に漂っています。

午後3時開場、待ちかねたお客様が入場、出演者の待機場所となっている2階席にまで溢れてくるという予測は、見事にハズレ、1階席も少し空席があるようです。入場券を出しすぎた為、溢れるかもしれないと言っていたマニラ・グリー。フィリピン人気質を考えると、これは当然予想されたことだったとの事。しかし、日本大使もお見えになったとの事ですから、問題はありません。午後3時30分本番の開始です。

「アニメコーラス特集」 インドネシア・ジャカルタ ジャカルタ・メールクワイアー。いろんな事を考慮した選曲で、テナーを歌いながらの指揮は、川西一男さん。トップバッターは、ちょっと緊張気味で、楽譜にかじり付いている感じ。いつも冷静に穏やかな笑顔のベドゥ裕子さんのピアノ伴奏で、「銀河鉄道999」から最後の「紅の豚」まで、無事演奏。

「南国からお届する北国の歌」 タイ・バンコク バンコク・グリークラブ。荒削りなおっさん達の歌は「熱き心に」「北酒場」とアジアの各地で働く男達の郷愁を誘う歌ばかり。多分、バンコク・グリーが練習の後行くカラオケで歌っている歌なのでしょう。「好きですサッポロ」のバインダーを持ったフリは、受けましたねえ。選曲は良い。

「ノーマン・ルボフ編曲集『世界の歌』より」マレーシア KLグリークラブ26人という出演団体中最大人数の強みを発揮して、ノーマン・ルボフ独特のハーモニーに成功。客演伴奏に、ピアノ井上庸さん、ヴァイオリンにシム・ズニエガさんを迎えての完璧に近い演奏。

「香港発 世界一周」 中国・香港 香港日本人倶楽部男声合唱団。お馴染み清水光洋さん率いる5人の精鋭達は、今年もいろんなジャンルの曲をきかせてくれました。ウイリアム・バードの「3声のミサ」は驚異でした。また無謀としか言いようがないたった5人の「最上川舟歌」を歌える(歌う?)合唱団は、日本国内でもいません。今年初参加のバリトン スティーブン・バリーさんの見事な日本語には、脱帽でした。

「多田武彦男声合唱曲より」 タイ・バンコク 男声合唱団マーマーヨ。20人と言いながら、現役メンバーは10名という苦しい実状。最も纏まりが要求されるタダタケですから、不揃いの音程は致命傷につながります。組曲「雨」からは、割に無難だったのですが、組曲「富士山」の「作品第貮拾壹」は最大の難所である出だしの「平野すれすれ〜」で音程の不揃いが露呈。その時の指揮者伊藤周一さんの気持ちが思いやられました。でも、前進あるのみ。さすがにマーマーヨです。「夕映え富士〜〜大驟雨〜〜」で聞かせました。あの名旋律は、ゾクっと来ますね。

「私たちのハロハロステージ」 フィリピン・マニラ マニラ・グリークラブ。「ハロハロ」とは「ごちゃまぜ」の意味だそうですが、あのいやらしい編曲の「箱根八里」から始まって「里の秋」。ピアノ伴奏:グレッグ・ズニエガ、井上 庸、チェロ伴奏:ヘリック・オルティス。ヴァイオリン伴奏:シム・ズニエガという豪華伴奏で「ロミオとジュリエット」などの映画音楽と「川の流れのように」まで分厚い演奏は、さすが器楽出身の指揮者管野友人さんならではのものでした。

「『山田耕筰』作品集より」 出演者およびその他参加者全員による合同合唱。次回の合唱祭には正式に登場予定の「上海グリークラブ」や2006年9月に結成されたシンガポールの「シンがーズ・リミテッド」など、この合同演奏にだけ参加する各団OBなどがオンステして96名の大合唱。前日の練習の成果が出るかどうかと心配半分期待半分でした。「青蛙」「この道」「赤とんぼ」と歌っていくと日頃少人数で歌っている方は実感された事でしょう。大人数で歌う事の快感、そして何よりも楽々と歌える事を。最後の「からたちの花」では、いよいよピアニッシッシモで『・・やさー シ かー ったよー』という無声音が決るか!-----決りました。この瞬間の全員の集中力たるや、凄いものでした。集中力が高いほど良い演奏が出来るのです。

アンコールは、「ウ・ボイ!」そして、聴衆のみなさまと一緒に「Till We Meet Again」で終了。

着替えずに直ぐバスでホテルへ。午後7時30分からボールルームで打ち上げ。

(打ち上げ)
薄い壁1枚を通して、大富豪の息子の結婚披露パーティのもの凄い音が響いてくる中、打ち上げパーティーが始まりました。着席形式ですが、バイキングなので、ボーイがあまりうろうろせず、好きな時に好きな物を取りに行く事が出来て良かった。亀井清一郎さんからの講評では、私、川村輝夫も引っ張り出され、恒例「大亀小亀の講評漫才」。亀井さんは、褒め上げる役、私はこき下ろす悪役。日頃口の悪い亀井さんが、気持ち悪くなるほど持ち上げるので、こちらは、大変。いつも音楽評論をやっているので、つい本音を言いそうになってあわてて自分を押さえ込むのです。今回は、正直な所を率直に各団の幹部に別個にお知らせするとのこと。もうすでに、次回の開催地がインドネシアのジャカルタと言う事が、決っているので、開催地の事でのやり取りはありません。でも引き受けたジャカルタの幹部は、悲壮な決意表明でした。また、香港の清水さんが、今後は日本に帰国されるので、OBを集めたグループを纏めたいという意思を述べられました。皆さん本番後の余韻に酔いながら、の打ち上げです。各団からの余興の中でも、最後のマニラ・グリークラブの格調高いオペラ「鍛冶屋の合唱」が素晴らしく、大好評。絶賛の声が会場中飛び交っていました。打ち上げの最後に今日本で大流行の「千の風になって」と「U BOJ !」を亀井清一郎さんの指揮で、次回開催地のジャカルタ川西一男さんの指揮で「Till We Meet Again」を全員で歌っておひらきになりました。それでは、次回ジャカルタでお会いしましょう!

川村輝夫(元関西学院グリークラブ指揮者、音楽評論、映画評論、音楽プロデュース)
コンサート・プログラム
感想文特集

期日:2007年2月10日(日)
時間:午後3時開場 午後3時30分開演 午後7時終演
場所:フランシスコ・サンチャゴ・ホール
入場無料


『アニメコーラス特集』 "Selections form "Animated Cartoon Songs"
インドネシア・ジャカルタ ジャカルタ・メールクワイヤー Jakarta Male Choir, Jakarta, Indonesia
指揮:川西一男 Kawanishi Kazuo, Conductor ピアノ伴奏:ベドゥ裕子 Beddu Hiroko, Pianist
銀河鉄道999 The Galaxy Express 999 ニルスのふしぎな旅 The Wonderful Adventures of Nils
さんぽ・・・ 「となりのトトロ」より Going for Walk となりのトトロ・・・ 「となりのトトロ」より My Neighbor Totoro
時には昔の話を・・・ 「紅の豚」 より Sometimes Talking about the Old Tale

南国からお届けする北国の歌 "Northern Japanese Ballads from Thailand."
タイ・バンコク バンコク・グリークラブBangkok Glee Club, Bangkok, Thailand指揮:杉山慎一 Sugiyama Shinichi, Conductor
熱き心にAtsuki-Kokoroni (Passion) 北酒場 Kita-Sakaba (Bar in North Town)
襟裳岬 Erimo-Misaki (Cape Erimo) 好きですサッポロ I Love Sapporo ! 昴 Subaru (The Pleiades)



ノーマン・ルボフ編曲集『世界の歌』より  "Songs of the World" arranged by Norman Luboff
マレーシア・クアラルンプール KLグリークラブ Malaysia, Kuala Lumpur, KL Glee Club
指揮:亀井清一郎 Kamei Seiichiro, Conductor
ピアノ伴奏:井上 庸 Inoue Tsune, Pianist バイオリン伴奏 シム・ズニエガ Sim Zuniega, Violinist
Click Go The Shears Carmen Carmela A-Roving Colorado Trail Lift A Glass To Friendship



休憩 Interval


香港発 世界一周 Around the World from Hong Kong
中国・香港 香港日本人倶楽部男声合唱団 Hong Kong Japanese Club Male Choir, Hong Kong, China
指揮:清水光洋 Shimizu Mitsuhiro, Conductor
バードの3声のミサ Mass for Three Voices by William Byrd 獅子山下 Song of Lion Rock
最上川舟歌 Mogami River Sailing Song 月亮代表我的心 Beauty of the moon shows my heart Over the rainbow



多田武彦男声合唱曲より Selections from Male Choral Suites by Tada Takehiko
タイ・バンコク 男声合唱団マーマーヨ Male Choir "Ma-Ma-Yo", Bangkok, Thailand指揮:伊藤周一 Ito Shuichi, Conductor
男声合唱組曲「雨」より from Male Choral Suite "Rain"
雨の日の遊動円木 Park on Rainy Day 雨の日に見る Scenery on Rainy Day 雨 Rain
男声合唱組曲「富士山」より from Male Choral Suite "Mt. Fuji"
作品第肆 Opus No.4 作品第貳拾壹 Opus No.21



私たちのハロハロステージ Our "Halo-Halo" Stage
フィリピン・マニラ マニラ・グリークラブ Manila Glee Club, Manila, the Philippines 指揮:管野友人 Kanno Tomohito, Conductor
ピアノ伴奏:グレッグ・ズニエガ Greg Zuniega, Pianist 井上 庸 Inoue Tsune, Pianist
チェロ伴奏 へリック・オルティス Herrick Ortiz, Cellist バイオリン伴奏 シム・ズニエガ Sim Zuniega, Violinist
箱根八里 Steep Hakone Mountain Pass 里の秋 Serene Autumn in a Countryside エーデルワイス Edelweiss
ゴッドファーザー愛のテーマ Love Theme from the Godfather ロミオとジュリエット Romeo and Juliet
川の流れのように Just like Flow of River



合同ステージ The United Voices of Asia Japanese Male Choirs
「山田耕筰」作品集より Gems of Japanese Modern Classical Arts Songs by Yamada Kosaku
指揮:亀井清一郎 Kamei Seiichiro, Conductor
青蛙 Blue Frog この道 This Road 赤とんぼ Red Dragonfly からたちの花 Blossom of Karatachi (Trifoliate Orange)



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ジャカルタ・メール・クワイアー
「素晴らしい合唱祭でした」 川西一男
「有り難うございました」 大隈仁

バンコク・グリークラブ
「御礼のご挨拶」 佐藤和哉

KLグリークラブ
「感想文」  鵜子幸久
「マニラ合唱祭に参加して」 鈴木良太
「感想レポート」 須部平八郎
「第三回アジア男声合唱祭の感想」 田中充
「合唱祭に参加して」 尾崎卓美
「私の中の『マニラ合唱祭』」 諸江修
「第3回アジア男声合唱祭に参加して 男冥利」 牧野宏治
「アジアに生きる男たちの贅沢」 加藤尚宏
「第3回アジア合唱祭感想文」 水上一利
「マニラの合唱祭と私」 阪本恭彦
「第3回アジア日本人男声合唱祭 参加感想」 福山淳三
「マニラ男声合唱祭の感想」  鴨谷 直樹
「第3回アジア合唱祭に参加して」 野内頼一
「日本から参加して」 井上大三
「第3回アジア男声合唱祭に参加して」 清宮衛
「マニラ合唱祭感想文」 秋元啓孝

香港日本人倶楽部男声合唱団
「素晴らしい合唱祭でした」 清水光洋

バンコク マーマーヨ 
「ありがとうございました」 伊藤周一


写真コーナー











指揮者
参加団体
合同ステージ&KLグリークラブ指揮者:亀井清一郎
マニラ・グリークラブ指揮者:管野友人
香港男声合唱団指揮者:清水光洋
上海グリークラブ:成田正夫
ジャカルタ・メールクワイヤー指揮者:川西一男
バンコク・マーマーヨ指揮者:伊藤周一
バンコク・グリークラブ指揮者:杉山慎一
タイ・バンコク 男声合唱団マーマーヨ
タイ・バンコク バンコク・グリークラブ
フィリピン・マニラ マニラ・グリークラブ
中国・香港 香港男声合唱団
中国・上海 上海グリークラブ
インドネシア・ジャカルタ ジャカルタ・メールクワイヤ
マレーシア・クアラルンプール KLグリークラブ
シンガポール シンガポール男声合唱団
更新記録
 2007年3月13日 感想文追加掲載。
 2007年3月12日 感想文追加掲載。
 2007年2月25日 感想文追加掲載。
 2007年2月21日 感想文追加掲載。
 2007年2月16日 感想文・リンク先情報追加掲載。
 2007年2月15日 感想文・写真追加掲載。
 2007年2月14日 感想文・写真追加掲載。
 2007年2月13日 報告掲載開始。
 2007年2月3日 プログラム掲載。
 2006年11月14日 上海情報追加。
 2006年11月13日 第3回合唱祭記事掲載開始。
 2006年3月17日 報告記事追加。合唱祭写真館新設。
 2006年3月9日 合同指揮者の感想など報告記事追加。
 2006年3月5日 報告記事追加。
 2006年3月4日 バンコク・オフィシャル・レポートなど報告記事追加。
 2006年3月3日 報告記事追加。
 2006年3月2日 報告開始。
 2005年12月22日 香港、清水氏情報掲載。
 2005年12月21日 マニラ、上海単独ステージ詳細情報追加。
 2005年12月16日 ジャカルタ単独ステージ詳細情報追加。会場変更記事追加。
 2005年12月13日 バンコク単独ステージ詳細情報追加。
 2005年12月12日 祝典歌掲載、初期不良調整。
 2005年11月26日 第2回用開始。
 2005年4月5日 写真集リンク削除。
 2005年3月25日 感想追加。 音源追加。
 2005年3月10日 バンコク混声合唱団第3回定期演奏会写真集サイト紹介。感想追加。
 2005年3月7日  実行委員長レポート掲載。感想追加。
 2005年3月3日  感想追加。 感想文のレイアウト変更。
 2005年3月2日  合同指揮者記事掲載。感想追加。マニラ記事掲載。
 2005年2月27日 オフィシャル・レポート掲載。写真掲載。感想追加。
 2005年2月24日 感想追加。
 2005年2月22日 感想追加、写真サイト追加。
 2005年2月21日 演奏会終了後の全面改装。
 2005年1月25日 ロゴ発表。全プログラム掲載。チケット情報掲載。
 2004年9月2日  マニラ記事、千葉さん紹介記事掲載。
 2004年8月10日 バンコク記事、福本さん紹介記事、会場訪問レポート、飲み会レポート掲載。
 2004年7月27日 ジャカルタ記事、川西さん紹介記事掲載。
 2004年7月26日 KL及び合同曲目掲載。レイアウト一部変更。Yahoo Japanに登録。
 2004年7月25日 KL記事掲載。
 2004年7月13日 指揮者名変更、追加、マニラ記事掲載。
 2004年7月12日 初期不良修正。
 2004年7月12日 開設。

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